<GR外伝―蒼の世界―後編>
ジョウト地方に、やたら強いトレーナーが居るらしい。
そのトレーナーは青い髪と青い瞳で、蒼白いキュウコンを従えている。
キュウコンの放つ青白い炎は全てを焼き尽くして、後には何も残らないらしい。
そのため彼らは「蒼炎の悪魔」と呼ばれた。
「ねぇ、僕と勝負しない?」
「あぁ、いいぜ。」
今日のカモがかかった。
小さい体と長い髪で、女の子みたいになよなよしく見える僕の容姿は実に役に立つ。
自分の力に自信がありそうなバカっぽい大人ならすぐにひっかかる。
これで今晩の夕飯代は稼げるな。
「うわあぁあ、俺のモルフォンがあぁっ!」
どさり、と鈍い音を立て、羽根のほとんどを焼かれて動けなくなったモルフォンが地面に落ちる。
あのモルフォン、もうバトルは無理だな。
でもそんな事僕には関係無い。そもそも、炎系に虫タイプ出すようなバカが悪いんだ。
「じゃあ約束の賞金。」
手を差し出す。
「う、うるせぇッ!俺のモーちゃんをこんなにしやがって!!」
相手は逆上して、僕に殴りかかってきた。
やれやれ…またか。
僕は差し出した手で相手の腕を掴み、殴りかかってくる勢いを利用して相手を投げた。
「ぐえっ」
気色悪い声。
「じゃ、賞金貰ってくからね。」
ごそごそとポケットを漁って財布を取り出し、中身のほとんどをいただいていった。
「お…お前、もしかして……蒼炎の悪魔…か…?」
苦しそうに途切れ途切れに、男が聞く。
「今さら気づいたの?」
僕は立ち上がって男を見下し、すぐに踵を返してその場を去った。
”ひみつのちから”で作った”ひみつきち”の中で、僕はいつものように金勘定。
「あいつ、結構持ってたなー。」
これならしばらくは飢えずに済みそうだ。
僕が母方の実家に引き取られたすぐ後、僕の家は売られてしまった。
家族の灰は隣のモツカネ博士が引き取ってくれたと聞いて安心したけど、それでも勝手にそんなことをされたのが許せなくて、僕はその事でも問題を起こした。
だから勿論母方の実家に戻る気はしなかったし、父方の親戚は巫女の一族だとかで頼れない。
僕はたった一人で生きていかなきゃならないんだ。
だからこんな犯罪まがいの事をすることもしばしば。
でもお金が無くちゃ生きていけないし。生きる為に手段なんて選んでらんない、ってね。
ある日の事。
僕は偶然、奴等の犯罪行為を目撃してしまった。
揃いの黒い帽子に黒い服、胸元にはでかい”R”の文字。
ロケット団…昔っから悪いことばっかりやってる組織だ。
別に無視すれば良かった事なんだけど…でも、その時奴等は…
死体を運んでいたから。
ところどころばらばらにされた死体を見た時。
一瞬だけ目にした家族の遺体を思い出して…
動けなかった。
僕はすぐに捕まり、本部らしき建物に連れて行かれた。
勿論抵抗したけど、縄でぐるぐる巻きの状態じゃどうしようも無かった。
正直、自分でも驚くくらい怖かった。
多分あんな現場見ちゃったからだと思うけど…。
僕は確実に殺される。
怖くて怖くて、仕方無かった。
「さて、そろそろこいつ殺さねぇと。」
「そうだな。…でもこのガキ、可愛い顔してるよな…」
黒服の男達がそんな会話をし、下卑た笑いをこっちに向けて来た。
数人に囲まれる。
「どーせ殺すんだから、何したっていいよなぁ…?」
ぞくりと、悪寒が走る。
男の一人がロープをはずす。
その隙に一人の顎を蹴り飛ばし、隙間を縫って逃げようとした。
でも、多勢に無勢…僕は周囲の男にすぐに取り押さえられ、殴り飛ばされた。
「このガキ…!大人しく言う事聞きやがれ!」
あちこち押さえつけられる。
何をされるのか分からない程馬鹿では無い。
「やめッ…やめろ!」
そんな言葉は意味を成さない事も分かる。
でもその時の僕は、恐怖に支配されて…
「嫌だ、嫌だあああぁぁ!!」
叫びと同時に、キュウコンがボールから現れた。
その瞳には狂気の光が宿っている。
「嫌だ…嫌だ…!全部消えろ…全部、全部…!!」
頭を抱え、我を忘れて彼は叫んだ。
今までに無い恐怖の中に置かれ、彼の中の何かが吹き飛んでしまった。
ゴウッ…と、見慣れた蒼い炎が男達の背中に襲い掛かる。
男達は情けない悲鳴をあげて逃げ惑う。
「そうだ…。全部、消えればいいんだ…。
僕を邪魔するもの…僕を苦しめるもの、全部…!!」
少年の瞳は、何処も見ていなかった。
ゆらりと、立ち上がる。
キュウコンも全く同じ様子で立つ。
「燃やせ!!」
少年が叫べば、キュウコンはそれに応えて炎を放つ。
青白い炎は、あっという間に建物全体を囲んだ。
「そうだ、燃えろ…!もっと、もっと…!!
燃えて、灰になって…消えろ!!」
炎に囲まれ酸素の薄くなった部屋で、少年は叫び続ける。
呼吸は荒く、瞳の焦点も合っていない。
完全に狂った状態で、薄笑いを浮かべながら少年は膝をついた。
少年の横に、キュウコンがどさりと倒れこむ。
許容範囲を超えた力を出したため、既に限界に達していたのだ。
「アオキ…」
そっと、その美しい毛並みを撫でる。
弱弱しく上下する体。こんな炎の中なのに、次第に体温が低くなっていくのが分かる。
「フフ…あはははは…!」
少年は笑った。
苦楽を共にした唯一無二の親友が死に行く中で、少年は笑っていた。
ぴたりと笑いを止めると、彼はそっとキュウコンに寄り添った。
「僕も…すぐに逝くからね…アオキ…父さん、母さん…スオウ…。」
既に自分も死に掛けている事は分かっている。
もう、全て失ったのだ。帰る家も、家族も、親友も。
これ以上生きていく意味も、必要も無い。
ここで共に灰になれば良いんだ。
死んだらどうなるんだろう。
きっと、体は灰になって地面に還る。
そして魂は、空へ行くんだ。
僕の魂は、分子とか原子くらい小さな粒になって、空や雲に混じって…
そして地球の上を永遠に巡り続ける。
きっと父さんも母さんもスオウもアオキも、みんなこの世界の一部になって…
そう、皆、世界に還ったんだ。
そして、僕も…
あぁ、良いな…
僕も早く還りたいよ…
走馬灯が頭を駆け巡る。
家族と共に暮らした日々。
貧しくても楽しかった。父も母もいつも笑顔で。
スオウはまだやっと言葉を覚えたばかりだった。
やっと、帰れるんだ…
あの時へ…暖かかったあの場所へ。
けれどそんな思いは、降りかかる冷たい雫に一蹴された。
気だるげに目を開くと…
そこには。
青く美しく気高い、一匹のポケモンが居た。
ジョウトを守護する伝説のポケモンの1体、名はスイクン。
辺りの炎は一瞬にしてかき消された。
スイクンを目にした少年は、それまで考えていたことも、熱の苦しみもなにもかも忘れ、スイクンをじっと見つめた。
「…キレイ…」
掠れる声で思わず呟いた。
彼は畏怖を覚える程に美しいスイクンの青さに魅了されていた。
その光景は今も目に焼きついて離れない。
『お前はまだ死ぬときではない。』
スイクンが言葉を発した。人間の言葉で。
少年はそんな事には驚かなかった。驚くほどの余裕も無く、熱心にスイクンを見つめていた。
『青き波導を持つ子どもよ、お前には役目がある。”その時”まで、死ぬことは許されない。』
いつまでも見つめていたかったが、体力が限界を迎えたようだ。
意識が朦朧とし、ゆっくりと瞼が降りた。
『今は休むが良い。使いの者が全てを語るだろう。』
透き通る水の響きのような声を頭の隅で聞きながら、少年は意識を手放した。
それから後は大変だった。
気づいたときには病院に居て、看護婦がぱたぱたと忙しそうにしていた。
僕が起こしたR団本部全焼事件。
奇跡的に、一人も死者は出なかったという。
ただ、アオキだけが死んでしまった…。
死なせたのは、僕だ。
後で聞いた話によると、長年連れ添ったポケモンとトレーナーは意識を共有することがあるらしい。
ポケモンは人間よりも第6感に優れているから、僕の激しい感情にシンクロして、アオキは暴走してしまったのだろう。
その結果が…このざまだ。
情けなくて笑えてきた。僕は…どうして生きてるんだろう?
「セージュが世界にとって必要だから。」
お見舞いに来た従兄弟のエンジュがそう言った。
エンジュは父さんの姉の息子で、僕の家族が生きていた頃から多少の付き合いがある。
「どういう…意味?」
「スイクンが言ってただろ。役目がある、って。」
「エンジュ、まさか…」
長い黒髪で顔のほとんどを隠しているからエンジュの表情はよく分からない。
実際大して表情が変わる奴じゃないし、感情の起伏も乏しい。
「俺は一族の力をかなり受け継いでいる。不思議な事でも無いだろう。」
父さんの、ジョウトの神聖なるポケモンを守護する家系。
そのため、普通の人間には無い特殊な力を持つ人間が生まれる。
女性に濃く受け継がれる為、父さんの家は代々女性が継いでいて、男は排斥されるのだ。
エンジュも例外無く、ホウエン地方に飛ばされている。
「だって、エンジュはホウエンで暮らしてるのに…!」
「問題はジョウトだけでは無いんだ。それにこっちの方が世界樹に近いし…。」
そして、エンジュから全てを聞いた。
”世界のはじまりの樹””世界樹””ユグドラシル”等、様々な呼び名を持つ神聖な場所がある。
それは伝説のポケモン・ミュウと共に世界のバランスを保っている。
人々やポケモン達の心が荒み、争いが起こり、世界のバランスが崩れたとき。
”青い波導を持つ人間”がその力を世界樹とミュウに捧げ、癒しの力で世界を浄化しなければならないらしい。
そして僕はその”青い波導を持つ人間”で、いつか訪れる世界の危機の為に生きている…いや、生かされている。
「青樹っていう名前はだから付けられたんだ。生まれた頃から、セージュの運命は決まってた。」
名付け親は、父方の祖母だった。
「久々に喋って、疲れた。」
エンジュはそう言うと口を噤んだ。
僕は何も言わなかった。
ただ、黙って考え事をしていた。
退院して、僕は家の近所だったモツカネ博士の所へ行った。
あの事件に巻き込まれ、すっかり怯えてしまった僕のポケモン達を預け、代わりにワニノコを貰った。
「今日から君はワニワニだよ。」
ワニワニは嬉しそうにワニワニワー、と踊った。
それからしばらく経って、僕はジョウトリーグを制し、チャンピオンになった。
理由はお金が欲しかったから。
チャンピオンの年収は凄いって聞いたから、せっかくだし家族やアオキのお墓を建ててあげたいと思ったんだ。
噂どおり、1年で莫大な金を貰えた。
しかもチャンピオンって1年契約で、途中で負けてもその年1年はチャンピオンで居なきゃいけないし、その年分のお金は貰えるんだって。
勿論、契約をしなければチャンピオンを辞退する事も出来る。
僕は一度も負けることが無いまま、チャンピオンとして3年間を過ごした。
1年でもかなり貰えるのに3年も経つと凄い大金持ちになって、流石に手持ち無沙汰になった。
バトルしてばかりの毎日にも嫌気が差した所だし、やめる事にした。
リーグ委員の人や協会から色々言われたし、四天王の皆にも色々言われたけど、僕の決心は変わらなかった。
どうせいつかはこの命を世界に差し出さなければいけない。
なら、今のうちにたくさんのものを見ておきたい。
僕がいつか還る世界を、その世界に生きる人々を。
そして、僕は出会った。
落ち込んで泣いている君に。
顔を真っ赤にして恥ずかしがっている君に。
「アオイ君。良い名前だね。僕はセージュっていうんだ。」
<END>