悲鳴が聞こえた。
自分のものだと、はじめは気付かなかった。
私の見た光景は
あまりに悲惨なものだった。
『GR外伝−紫の慟哭−』
がくりと、膝をついてその場にしゃがみこむ。
耳をつんざく悲鳴に耳を塞いだ。自分の悲鳴にも関わらず。
寒くも無いのに震えが止まらない。目の前の事実を、私の脳は、体は、拒否している。
…普通の人が見れば。
ただの枯れ野にしか見えないだろう。
だけど、私には分かる。
この地面の下には―
数百匹ものナゾノクサの屍骸が埋っている。
私だから分かる事。ナゾノクサにかける愛情は誰にも負けないつもりだから。
だから…気付いてしまった。この惨劇に。
「あ……あぁ……。」
どうする事も出来なくて、ただ半狂乱のまま地面を掻き毟る。
何が原因か、予想はついていた。
最近発売されたとかいう、”除草剤”。きのみを傷つけず雑草だけを枯らせるというのがウリだった。
誰かがそれをここに撒いたのだ。この場所を畑にするのかビルにするのか、それともただの実験だったのか…そこまでは分からないけれど。
私はただ泣いていた。その場に座って泣き叫んでいた。立ち上がる事も出来なかった。
私の愛するものたちが、無残に虐殺されている。
涙を、嗚咽を、堪える事は出来なかった。
今は人通りは途絶えているが、ここはちょくちょく人の通る場所だ。
しかしこんな恐ろしい光景に誰も気付かない。ここが地獄なのだと、私以外の誰も気づかなかったのだ。
「…ねぇ、そこのアンタ。」
背後の声に振り向く。
私より年齢も身長も低い青い髪の少年がそこに立っていた。
背後には蒼白のキュウコンを従えている。
「あ…」
何かを言おうとしたけれど、何も言葉にならなかった。
キチガイのような私の様子に少年はあまり動揺も見せず、近づいてきた。
「さっきの悲鳴、アンタのだよね。」
しゃがみこみ、座っている私を視線を合わせる少年の言葉に、ガクガクと頷く。
「何か困った事でもあった?もし助けが必要なら、お金次第で僕も手伝うけど。」
女の子みたいに可愛い笑顔で笑う少年。しかしそれに構っていられる状態ではなかった。
震える指で、枯れ野を指差す。
少年は指差された方向を見て、少し首を傾げただけだった。
…やはり、彼にもわからないのだ。
「…ッ…ナゾノ…クサ…」
嗚咽混じりの声で、何とか言葉を発する。
普通に言葉を放つ事でさえこんなに難しいと感じるなんて。
「こ…ここのッ…ナゾノクサ…が…っ……。みんな、み…んな…ッ」
必死でそれだけ言って。あとは感情に流されるままに鳴き声をあげた。
「…この枯れた野原が、ナゾノクサの群れだっていうの?」
先ほどよりも冷たさを増した声に、頷く。
彼は枯れ野を見ると、呟いた。
「…もしかして、皆死んでる?」
私は、唇を噛み締めながら…頷く。
少年は立ち上がった。
「蒼綺…燃やし尽くせ。」
その声に、ハッと顔を上げる。
丁度、キュウコンが青白い炎を吐き出していた所だった。
「や…やめッ……!やめてぇっ!!!!」
私は無我夢中で、少年に縋りついた。
「何で、なんでこんな事するの…ッ!?お願い、やめてーーッ!!!!」
ナゾノクサの屍骸達はあっという間に炎に飲み込まれ、周辺一体が炎の色に染まった。
私が泣き叫んでも、キュウコンは炎を止めなかった。
「そうだ、蒼綺…跡形も無く、焼き尽くせ。」
それどころか、少年は更に指示を重ねる。
「やめて…ッ!なんで、こんな…酷いッ…」
悪魔にも思える炎を見ながら、私は力無く少年を叩いた。
「…不愉快、だから。」
少年が、私を見下ろした。
深く青い瞳は光の差さない深海のように。ただ暗く冷たく、私を見下ろしていた。
「不愉快なんだよ。こんなもの、なくなってしまえばいいんだ。」
一瞬、少年の眉がひそめられ、苦痛の表情が見えた。
そう…呟くように言うと、少年はまた炎を向いた。
煙が、空へ昇っていく。
周りが森だったにも関わらず、炎は野原を焼き尽くしただけで鎮火した。
何一つも残さず、全てが灰になった。
呆然と、私はしゃがみこんでいる。
「…行こう、蒼綺。」
少年が踵を返そうとした瞬間、私は急にその名を思い出した。
青い髪、青い瞳。青白いキュウコンを従えたその少年。ジョウトの方で有名になっていたその名。
「…あなた、”蒼炎の悪魔”…ね…。」
直接そちらを見ていないが、気配で少年が動きを止めたのが分かる。
そのままこちらを振り向きもしないまま、少年は言った。
「…そうだよ。」
「私、あなたの事絶対に許さない。」
静かに、それだけ言った。
その時の私は、きっと酷く醜い表情をしていたと思う。
少年は、何も言わずに立ち去った。
残された私は…もう、どの位の時間そこに居たのだろうか。
気付けば親切なトレーナーに保護されていて…。
その後私は、除草剤の回収の為に行動を始めた。
たった一人だったので、最初薬を作った会社は全く取り合ってくれなかった。
何度も何度も悔しさを噛み締めながら、それでも必死で訴え続けた。
ナゾノクサや草ポケモン達の保護活動も同時進行で行い、除草剤が草ポケモンにどう影響するかも論文にまとめ、研究として発表した。
しかしそれでも中々事態は好転せず。
精神的にも肉体的にも疲労していた時、助けてくれたのは…昔お世話になった事のある、カントーのタマムシジムのジムリーダー、そしてジムトレーナー達だった。
タマムシジムが中心となり、シンオウ地方のハクタイジム他、各地方の草タイプジムが結託し、除草剤の使用中止を訴え、草ポケモンの保護を行った。
結果…ついに除草剤は回収となり、会社の方から草ポケモン保護費用として慰謝料が支払われた。
昔タマムシジムで修行していた時より、ずっと”ジム”というものの凄さを見せられた気がした。
問題の会社の本社ビルがあり一番被害の酷かったホウエン地方にも草タイプのポケモンジムがあったなら、もっと被害を抑えられたかもしれない…
そう思うと、胸が痛かった。
その事で、ジムリーダーを目指そうとも思った。
けれど、私には戦いよりも育成が向いている…そう、昔タマムシジムのジムリーダーに言われていた。
だからタマムシジムでの修行を諦め、ブリーダーとしての道を歩み始めたばかりだったのだ。
私には、私の出来る事をしよう。
そう思い、生き残って保護したナゾノクサ達を育て、たまごを生ませて増やす事に専念した。
…そしてそれから11年後。今私の手元に居るナゾノクサは200匹を超えている。
沢山苦しい思いも、辛いこともあったけれど。
今、私はきっとこの世で一番の幸せを手にしているでしょう。
愛するものたちに囲まれて、生きる事が出来るのだから―…
そしてただ願う事は。
あんな悲劇が、二度と起こらないで欲しいという事だけ。
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