「GR外伝―蒼の世界―(前編)」
アサツキ セージュ。
ジョウト地方、ヒワダタウンに生まれた、青い髪と青い瞳を持つ少年。
”セージュ”というのは呼び名で、正しくは”セイジュ”。
漢字では”青樹”と表記する。
その名がつけられた時から、彼の運命は定められていた…
「―真に残念な事ですが…」
憎らしい程に空が青く晴れた日。
空と同じ色を持つ少年の元へ、悲しい報せが届いた。
その日は彼が家族と共に旅行をするはずだった日で。
しかし彼だけは酷い風邪を引いてしまい、家に残っていた。
彼の家は決して裕福では無く。
それでも、彼と彼の弟の為に、と…両親が働きづめに働いてお金を貯めて、今回の旅行を提案してくれた。
勿論中止にしようと両親は言ってくれたのだが、ずっと前から両親も楽しみにしていたイベントだ。
「この機会を逃したら次いつになるか分からないよ。スオウだけでも、連れて行ってあげて。」
”良い子”であった彼は、そう言って両親と弟を送り出した。
両親はすまなそうな顔をしていたけど、それでもうきうきと楽しそうな表情は隠せずに。
そんな子どものような一面もある両親が彼は大好きで。
楽しそうな表情を見れたことが、何より嬉しかった。
けれど彼のその優しさが
結果的に悪夢となってしまった。
事故があったのはホウエン地方の中心部。
列車が脱線し、大岩にぶつかって大破した。とのことだった。
原因については目下調査中で…けれど少年にとっては、そんなことはどうでも良かった。
何が原因であろうと、彼の家族が帰ることは無い。
ほんの少し垣間見た家族の”遺体”は
それはもはや人と呼べるモノでも無かった。
あまりに酷い事故で
事故現場には誰の何処のパーツか分からない肉片がたくさんあったのだという。
母には下半身が無くて
父には右半分が無くて
弟に至っては、パーツのかけらも無かった。
それらはすぐに焼かれて灰になって
小さな箱に入れられて、家に帰ってきた。
セージュの家にはお墓が無いので、小さな箱は棚の上に置かれて…小さな花瓶に花が供えられた。
父の実家はエンジュシティに住む、代々伝わる巫女の家系らしい。
ジョウトとジョウトの神聖なるポケモン達を守護する役目があるという。
その家では”男”は忌み嫌われ、直系を継ぐものは必ず女子でなければならないという、厳しい掟があった。
長男として生まれたセージュの父は生まれた時から別の家に預けられ、本家には一切出入り出来なかった。
なので裕福な実家の恩恵を受けられず、お墓も建てられなかったのだ。
しばらく経ってから、母方の家に引き取られた。
初めて訪れた母の実家。
数々の優秀なポケモントレーナーを出すという名家だということも、初めて知った。
母は一度もこの場所に帰ろうとせず、そして一度も実家の事を話す事は無かった。
その理由を、母の母…つまり彼にとっての祖母に出会ったとき、彼は知った。
―何かを食べる気力も無く、ただ静かに死に掛けていたところに奴等はやってきた。
母方の親戚だという奴等は僕の腕を引っ張って、そのまま車に乗せて母の実家へ送った。
深い森の奥のやたらでかい屋敷。門から玄関まで歩いて30分もかかるらしい。
それを見ても大して感動もしなかった。その時は、自分が何処に居るのかも良く分かってなかったから。
車を降りて歩いていると、玄関までの途中に広いグラウンドがあった。
ポケモンが何匹かと子どもが何人か遊んでいる。
その中の1匹のポケモンに、目を引かれた。
珍しい、白いロコンだ。
白いロコンは弱弱しくて足も遅く、子ども達からもポケモンからもいじめられていた。
僕は、可哀想とも何とも思わなかった…思えなかったけど。
長い廊下を進んで、いくつかの階段を登って。
やたらと大きい観音開きの扉の前に立たされた。
扉が開いて僕を招き入れる。
部屋の中には老いた女性が一人、気難しい顔で立っていた。
女性は僕を見下しながらじろじろと眺め回すと、ふんっ、と鼻を鳴らした。
「私はそう…お前の祖母にあたります。認めたくはありませんがね。」
ちくりと刺さる言葉。
「まずはお前を引き取ってやったことに感謝なさい。」
別に、引き取ってくれなんて頼んでない。
僕は本当は、あのまま死ぬつもりだった。
お腹が空いて辛かったけど構わなかった。父さんと母さんとスオウと同じ場所に行けるならー…その方が良いと、思ってたんだ。
また、老婆が口を開いた。
「いいですか、我がカイドウ家は代々優秀なトレーナーを輩出してきた家系です。
しかし…お前の母親、あれはだめな子でした。
何をやらせても上手く出来ないくせにへらへらと笑い、あげくにバトルを拒否し、トレーナーにはならないと言い張り
出て行くなんて…一族の恥です。
お前にも期待などしていません。何せ、あれの息子ですからね。」
その言葉を聞いて、冷え切っていた僕の全身をふつふつと煮えたぎる熱が駆け巡った。
「僕の…僕の母さんを侮辱するな!」
衝動に任せて、僕はその老婆を殴った。
老婆は口と鼻から血を流しながら、気色悪い悲鳴をあげた。
扉からどやどやと若い衆がなだれ込み、僕を取り押さえる。
僕は全く抵抗しなかった。だが、その間中ずっとその老婆を睨み続けていた。
”反省房”と名づけられているその部屋は、まるで牢屋みたいな部屋だった。
壁はコンクリートがむき出しで、窓もベッドも無い。
僕はそこに放り込まれた。
「お前もやってくれるよな、あの婆さんを殴るとは。」
僕をここに押し込めに来た厳つい男が言う。
何も答えず、僕は下から男を睨み上げる。
男はおぉ怖、と冗談半分に言ってから、ひとつのモンスターボールを僕に向かって投げた。
「それがお前のポケモンだとよ。」
それだけ言って、男は部屋を出て行き、外から鍵をかけた。
僕はモンスターボールを軽く放り投げた。
次にそのボールが手元に帰ってくる頃には、目の前に小さな青白いロコンが座っていた。
「…おまえ、あの時のみそっかすのロコンか…?」
ここに来たときにいじめられていた、白いロコンがそこに居た。
ロコンは情け無く肩を落とし、哀しそうな表情をしている。
「…とりあえず、名前つけなきゃな。」
セージュはロコンを抱き上げた。
普通のロコンよりも一回りくらい小さく、体重も軽い。
けれどその毛並みは非常に美しく、光の加減で綺麗な薄青に見えた。
「そうだな…蒼くて綺麗だから、蒼綺にしよう。アオキ。どうだ?」
聞いてみると、ロコンは情けない表情のままきゅうん?と首を傾げた。
「…いまいち、かな。」
むぅ、としかめっつらをすると、ロコンは慌てて首を横に振った。
「蒼綺でいいのか?」
もう一度聞くと、ロコンは首を縦に振る。
「よし、じゃあお前の名前は蒼綺だ。僕はセージュ。」
きゅうきゅ。
まるで名前を呼ぶように、ロコン…蒼綺は鳴いた。
僕はロコンを床に下し、真剣な表情になって聞いた。
「なぁ、蒼綺…。お前、他のポケモン達にいじめられて、悔しかったか?」
ロコンは目を逸らして俯いた。迷っているようで、視線を右に左に移動させる。
「…じゃあ、悔しくなかったのか?」
少し、責めるみたいな口調になっちゃったな。
けれどロコンははっ、と顔を上げ、反射的に首を横にぶんぶん振る。
そこで初めて、自分の気持ちに気づいたようで。
僕は満足そうに頷いた。
「僕も…こんな状態は嫌だ。こんなところに押しやられたままでいたくない。
だから蒼綺、僕達は強くなろう。強くなって、僕達をはずれものにした奴らを見返すんだ。」
ぐっ、とロコンの肩を握り、まっすぐにロコンを見据える。
ロコンはその瞳をまっすぐに受け止めて…やがて、こくりと頷いた。
それから数年後、カイドウ家でセージュとロコン…蒼綺に勝てる者は居なくなった。
誰よりも辛い仕打ちにあった二人は、誰よりも努力して、誰にも負けない強さを手に入れた。
そして、彼らは旅立った。
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